過去の経済危機に学ぶ「雇用」と「資産」の守り方:収入安定化と資産形成の両立戦略
はじめに
経済危機と聞くと、多くの方が株式市場の暴落や不動産価格の下落といった「資産への影響」を思い浮かべるかもしれません。しかし、過去の経済危機は、私たちの「雇用」や「収入」といった、日々の生活を支える基盤にも深刻な影響を与えてきました。
資産形成は、安定した収入があってこそ計画的に進められるものです。経済危機時に雇用が不安定になったり、収入が減少したりすることは、積立投資の継続を難しくしたり、最悪の場合、生活のために運用中の資産を取り崩さざるを得ない状況を引き起こす可能性もあります。
本稿では、過去の経済危機が雇用にどのような影響を与えたかを振り返り、その教訓から、収入の安定化を図りつつ、同時に資産形成を継続するための実践的な両立戦略について考察します。
過去の経済危機が雇用に与えた影響
歴史を振り返ると、主要な経済危機は、金融システムや特定の産業だけでなく、広範な労働市場にも影響を及ぼしています。
- ITバブル崩壊(2000年代初頭): IT関連企業の急成長が止まり、多くの企業で人員削減が行われました。特にITエンジニアなど専門職にも影響が見られました。
- リーマンショック(2008年): 金融業界を中心に大規模なリストラが発生し、その影響は製造業やサービス業など、幅広い産業に波及しました。世界的に失業率が大幅に上昇し、多くの人が収入減や再就職の困難に直面しました。
- 新型コロナウイルスのパンデミック(2020年以降): 観光業、飲食業、イベント関連など、特定の業種で事業活動が制限され、休業や時短営業による収入減、非正規雇用者の雇い止めなどが起こりました。リモートワークの普及など、働き方自体にも変化をもたらしました。
これらの事例からわかるのは、経済危機時には、企業業績の悪化に伴うリストラや人員削減、業績連動によるボーナスカットや給与減額、非正規雇用者の契約終了などが起こりうるということです。また、特定の業種や職種がより大きな打撃を受ける傾向も見られます。収入の柱である雇用が揺らぐことは、そのまま資産形成の計画に直接的なリスクをもたらします。
雇用リスクへの備え:資産形成と両立させる考え方
経済危機による雇用リスクに備え、資産形成を継続するためには、収入面と資産面の両方からのアプローチが必要です。
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緊急予備資金(生活防衛資金)の確保: 経済危機が発生し、万が一収入が途絶えたり減少したりした場合でも、当面の生活費を賄えるだけの資金を確保しておくことが最も基本的な対策です。一般的には、生活費の3ヶ月~12ヶ月分程度を目安とすることが多いですが、扶養家族の有無や働き方(正社員か非正規か、共働きかなど)によって必要な額は異なります。この資金は、すぐに引き出せるよう、普通預金など流動性の高い形で保有しておくことが重要です。この資金があることで、経済危機時に慌てて運用資産を売却する必要性が低減されます。
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自身の市場価値の維持・向上: 経済環境が厳しくなっても、自身のスキルや経験が陳腐化せず、必要とされる人材であり続けることは、雇用安定の大きな支えとなります。継続的な学習や資格取得、異分野の知識習得などを通じて、自身の市場価値を高める努力は、長期的なキャリア形成と収入安定に繋がります。
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収入源の複数化の検討: 可能な範囲で、本業以外の収入源を持つこともリスク分散に繋がります。副業や兼業、あるいは自身のスキルや知識を活かした小さな事業など、複数の収入の柱があれば、一つの収入源が不安定になった場合でも、他の収入源でカバーできる可能性が高まります。
資産形成戦略への影響と連携
雇用リスクへの備えは、資産形成戦略にも影響を与え、また連携して機能します。
- 積立投資の継続: 経済危機時の市場の混乱は、長期的な視点で見れば安値で資産を買い増すチャンスとなり得ます(ドルコスト平均法の効果)。しかし、収入が減ると積立を継続することが難しくなります。十分な緊急予備資金があれば、短期的な収入減があっても積立を中断せずに済む可能性が高まります。
- ポートフォリオの流動性: 経済危機時に急な支出が必要になった場合、運用中の資産から資金を引き出す必要が出てくるかもしれません。この際、換金性の低い資産ばかりでポートフォリオが構成されていると困ります。また、暴落時に資産を取り崩すのは含み損を確定させることになり、避けるべき状況です。ある程度の流動性を意識したポートフォリオ構築や、前述の緊急予備資金の確保が重要になります。
- リスク許容度の再確認: 雇用が不安定になると、将来への不確実性が増し、心理的に資産運用におけるリスクを取りづらくなることがあります。経済危機時は、資産の評価損だけでなく、雇用・収入の面からもリスクを抱える可能性が高まるため、自身の本来のリスク許容度を冷静に再確認し、必要であればポートフォリオの安全性を見直すことも検討できます。
過去の教訓から学ぶ実践戦略
過去の経済危機から、雇用と資産を守るための実践的な戦略を導き出すことができます。
- 収入が安定している時期からの計画的な備え: 経済が順調な時期こそ、将来のリスクに備える絶好の機会です。緊急予備資金の積み立てや、資産形成のための積立投資を計画的に開始・継続することが重要です。
- 雇用と資産形成を一体で捉える視点: 資産形成は、単に金融資産を増やすことだけではありません。自身のキャリアを形成し、収入を安定させる努力も、広義の「資産形成」の一部と捉えるべきです。雇用・収入のリスク管理と、金融資産のリスク管理を切り離さずに、トータルで考えることが大切です。
- 経済危機発生時の冷静な対応: 危機発生時は、雇用への不安と資産評価額の減少という二重のストレスに晒される可能性があります。このような状況下では、パニックに陥り、拙速な判断(例:慌てて資産を全て売却する)を下しがちです。しかし、過去の歴史は、多くの場合、経済は回復軌道に乗ることを示しています。事前に計画したリスク管理策(緊急予備資金など)を実行し、感情に流されず冷静に対応することが、長期的な資産形成を守る上で極めて重要です。
結論
経済危機は、私たちの資産だけでなく、雇用という収入の基盤にも影響を及ぼす複合的なリスクです。過去の経済危機の経験は、この雇用リスクが決して無視できないものであることを教えてくれます。
資産形成を持続可能なものとするためには、金融資産への投資戦略だけでなく、緊急予備資金の確保、自身の市場価値向上、収入源の多様化といった雇用・収入面のリスク管理も同時に行うことが不可欠です。これら両面からの備えがあってこそ、経済危機時にも動揺を最小限に抑え、長期的な視点を持って資産形成を継続していくことが可能となります。経済環境が不透明な時代だからこそ、雇用と資産、双方のリスクに目配りした包括的なリスク管理を実践することが、未来の安定に繋がるでしょう。